低ボラティリティ投資は近年流行のスマートベータの一種です。
最小分散ポートフォリオとも言われ、その名の通りポートフォリオの分散(リスク)を最小にするポートフォリオを運用することです。
こう書くとリスクが低いだけでしょ?と思われるかもしれませんが、実際にはそれだけではありません。
ファイナンスの研究においては、リスクが低くかつリターンも良好であり、結果としてシャープレシオが高い、というのが低ボラティリティ投資のアピールポイントとなっています。
また、昨今の超低金利環境を鑑みて、債券に比べ「リターンは上げたいけど高いリスクは避けたい」という投資家の方々の格好の受け皿ともなっています。
ここでは低ボラティリティ投資の特徴とポートフォリオの構築方法、そしてメリットデメリットをご紹介します。
低ボラティリティ投資の特徴
リスクが低い
低ボラティリティ投資の特徴は、その名の通り、ボラティリティ(リスク)が低いことです。
つまり、値動きがTOPIXなどの指数に比べ穏やかという特徴があります。
そのため、昨今の低金利の環境下においては、債券では十分なリターンを得られず、かといって株式の高いリスクは許容できないという投資家にとって、bond like stock(債券のような株式)という触れ込みで人気があります。
もちろん債券のような株式など存在しないのですが、株式の中でも債券に近い相対的にリスクの低い銘柄で構成されたポートフォリオ、というのが最小分散ポートフォリオになります。
シャープレシオが高い
低ボラティ投資の2つ目の特徴は、シャープレシオが高いということです。
シャープレシオとは、無リスク金利調整後のリターンをリスクで割ったもので、平たく言うと運用効率を現す指標です。
低ボラティリティ投資の場合には当然分母のリスクが低くなります。
ただこれだけだとシャープレシオは高くなりません。
標準的なファイナンス理論では、リスクとリターンは比例するため、リスクが低くなるとその分リターンも低くなるからです。
しかしながら、実は現実のマーケットのデータはファイナンス理論通りの動きをしているわけではありません。
理論はあくまでも理論であり、現実とはしばしば乖離が見られるということです。
本来リスクが高いとリターンも高くなる(CAPM)
話を元に戻しますと、標準的なファイナンス理論ではリスクに見合ったリターンが要求されます。
これは古典的なアセットプライシングモデルであるCAPM(Capital Asset Pricing Model)に依拠しています。
CAPMでは株式のリターンはベータで決まるとします。
ベータとは、各銘柄とマーケットとの連動性のことです。
ベータが1だとマーケットと同じ、1を超えるとマーケットより大きく動く、1未満だと小さく動くとなります。
このベータを使って株式リターンを表すと以下のようになります。
株式リターン=無リスク金利+ベータ×(マーケットリターンー無リスク金利)
つまり、ベータ(マーケットとの連動制を現す指標)が大きいほど、リターンも大きくなるということです。
低ボラティリティ効果
しかし現実の話はそう単純ではありません。
かつて米国の重鎮であるファーマ(Fama, ノーベル経済学賞を受賞)とマクベス(Macbeth)がCAPMが実際のマーケットで成り立つか検証をした際に、どうもベータとリターンの関係はCAPMが示すほど単純でないことに気が付きます。
ファーマとマクベスの表現を借りると、
「ベータとリターンの関係はCAPMが示すよりフラットではないか!」(筆者意訳)
ということです。
つまり、高ベータ高リターンという関係性は必ずしも成り立たず、ベータに対するリターンの感応度はかなりフラットであるということです。
言い換えると、個別銘柄を見ると、ベータとリターンは必ずしも比例せず、そのため、低ベータの銘柄の方が高ベータの銘柄よりリスク対比で見たリターンは高くなっているということです。
これがいわゆる低ボラティリティ効果です。
低ボラティリティ効果は世界各国で観測される
このファーマとマクベスによる実証分析は今から30年以上前に行われたもので、当時すでに低ボラティリティ効果がアカデミックの世界では認識されていたことになります。
その後、アメリカだけでなく、世界中でも個別銘柄のリスク(もしくはベータ)とリターンの関係性の研究がおこなわれ、低ボラティリティ効果が存在するということは世界中で見られる現象として認識されています。
まあなぜこんな古くからある話が昨今のこのタイミングで低ボラティリティ投資として脚光を浴びるようになったのかはよくわかりません。
おそらくリーマンショック後の低金利下で利回りを求める動きが強まったこと、スマートベータという言葉が流行り、その戦略の1つとして低ボラティリティ投資がもてはやされたことなどが考えられます。
話が長くなりましたが、低ボラティリティのポートフォリオを構築することは必ずしもリターンの低下にはつながらず、結果としてシャープレシオ(リスク対比のリターン)が向上するというのが低ボラティリティ投資におけるポイントとなります。
最小分散ポートフォリオの作り方
それでは、実際に最小分散ポートフォリオはどのように作られるのでしょうか?
手順は以下の通りです。
- 対象ユニバースの決定
- 各銘柄のリスクと相関係数を計算
- 最適化によりポートフォリオ構築
1、 対象ユニバースの決定
まずは、対象ユニバースを決定します。
TOPIX構成銘柄を対象とするのか、日経225なのか、はたまたグローバルにMSCI Worldなのか、どのユニバースにするのかを特定します。
2、リスクと相関係数の計算
ユニバースが決まったら、ユニバースに含まれる全銘柄のリスクと相関係数を計算します。
計算の仕方はいろいろありますが、一番シンプルなのは過去のリターンデータから算出することです。
シンプルとはいっても、では一体過去どのくらいの期間のデータを使うのか、リターンに対する重みづけ(足元のデータをより重視する)をするのかしないのかなど、検討事項は結構あります。
3、最適化によるポートフォリオの構築
各銘柄のリスクと相関係数が求まれば、ポートフォリオのリスクが最小になるように最適化計算をすればポートフォリオは一応出来上がります。
ただし、現実にはこの最適化は結構厄介です。
まず制約なしで解いてしまうと、一部の銘柄やセクターに大きく偏るということがあります。
そのため、偏りを気にするのであれば、銘柄のウェイトの上限やセクターの上限などの制約を付与した上で最適化を行う必要があります。
加えて、最適化自体にもかなり癖があります。
最適化計算というのは全く空気を読まないので(当たり前ですが)、人間の直観とは相容れない結果が返ってくることがしばしばです。
また、最適化はインプットの値(ここでは各銘柄のリスクと相関係数)に大きく依存するため、少しインプット値が変わっただけでポートフォリオ全体が大きく変わってしまうことがあります。
このような癖も考慮しながら、適切なインプットを与えてあげ、必要な制約をかけながら解いていくというのが実際の流れになります。
なお、一般的には、最適化ポートフォリオを作成する際にはリターンとリスクと相関係数の3点セットを使いますが、この最小分散ポートフォリオに関してはリターンは不要なので、その分最適化は楽になります。
一番扱いの難しい(そして結果に大きな影響を与える)リターンの情報を必要としないのは、最適化を行う上でのメリットと言えます。
最小分散ポートフォリオのメリット
ここまで最小分散ポートフォリオの特徴を説明してきましたが、実際のメリットを上げると以下のようになります(一部既に述べたことと重複します)
- 通常の株式ポートフォリオよりリスクが低い
- 下げ相場に(相対的に)強い
- シャープレシオが高い
通常の株式ポートフォリオよりリスクが低い
これはまあ当たり前ですね。リスクが低くなるように作っているのでリスクが低くなるのは当然です。
トートロジーのような話ですが、まあそういうことです。
なお過去のデータを使ってリスクの低いポートフォリオを作っても、将来的に必ずしも低リスクになるとは言えないのではないかという反論もあるかと思います。
確かにその可能性はあるのですが、リスクというのは割とボラティリティが低い(つまりリスクの高い銘柄はずっとリスクが高いことが多い)ので、過去データを使っても、その後のリスクも低くなる場合がほとんどです。
下げ相場に強い
リスクの低いポートフォリオなので、下げ相場には強いです。
具体的には低リスク銘柄というのは、いわゆるディフェンシブ株(インフラや食品など)が多く含まれています。
これらの銘柄群というのはイケイケの相場の時は脚光を浴びませんが、経済環境が悪く、マーケットが悪化したような時には相対的に売られにくいという特徴があります。
まあ不況になると就活生が公務員とか食品会社とかいわゆる安定業界に行きたくなるのと同じような話ですね。
シャープレシオが高い
既に述べましたが、実際のマーケットにおいては、高リスク高リターンという関係性は必ずしも成り立ちません。
むしろ低リスク銘柄の方が長期的には高リターンを上げるという実証分析もあります(いわゆるボラティリティパズル)
そのため、リスクが下がる低ボラティリティ運用の場合には必然的にシャープレシオが高くなります。
もちろん将来に渡ってもこの特徴が継続するという保証はありませんが、少なくとも過去のデータではこのような現象が見られたということです。
最小分散ポートフォリオのデメリット
次に最小分散ポートフォリオのデメリット(もしくは懸念点)を述べていきます。
ここで挙げるデメリットは以下の4点になります。
- 意図せぬリスクを内包している可能性
- 上げ相場について行きにくい
- 低ボラティリティ効果の将来的な持続性
- 投資家によるハーディング(資金の集中)
意図せぬリスクを内包している可能性
最小分散ポートフォリオは通常の時価総額型のインデックスに比べるとポートフォリオが偏っています。
定義上、特に低リスクの銘柄への偏りが顕著になります。
このポートフォリオの偏りが、意図せぬリスクを内包している可能性があります。
わかりやすい例では東日本大震災とそれに伴う原発事故が挙げられます。
この災害が起こるまでは、電力株は典型的な低ボラティリティ株式であったため、最小分散ポートフォリオにおいては大きなウェイトを占めていました。
しかしながら、ご承知の通り原発事故を受け、電力株は大きく売り込まれました。
つまりそれまでは低リスクの典型と思われていた電力株には思わぬリスクが内包されていたのです。
まあ実際には東日本大震災やそれに伴う原発事故を事前に予測することは不可能なので、仕方がないと言えば仕方がないのですが、このように予期せぬ出来事により、ポートフォリオの偏りに内在していたリスクが顕在化することがあるということです。
なお、この意図せぬリスクを内包している可能性は、最小分散ポートフォリオのみに当てはまるのではなく、ポートフォリオを偏らせる運用全般に存在することになります。
上げ相場について行きにくい
最小分散ポートフォリオは低ベータのため、相場の上げにはついて行きにくいです。
これは商品特性上当たり前の話なのですが、いざ上げ相場になると最小分散ダメじゃんと言い出す方がいるのは困ったものです。
その分下げ相場には強いわけですが、このような特徴は事前にきちんと認識した上で投資を行う必要があります。
低ボラティリティ効果の将来的な持続性
低ボラティリティ効果は過去の長期的なデータにより観測されている事象ですが、ではそれが将来に渡って持続するかどうかは定かではありません。
低ボラティリティ投資の良い点はリスクが低いけどリターンも悪くなく、結果的にシャープレシオが高いということなのですが、リスクに見合うだけのリターンに留まってしまうと、ただの低リスク低リターン投資になってしまう可能性があります。
低ボラティリティ効果が将来に渡っても持続すると考えるかどうかはある意味投資哲学的な部分になりますので、個々人の解釈に従って判断すればよいかと思います。
投資家によるハーディング(資金の集中)
ここ数年最小分散ポートフォリオは人気を博し、多くの資金が集まっています。
そうなってくると気になるのが投資家によるハーディング(資金の集中)です。
ハーディングの何が問題かというと、資金が集まるとその分対象銘柄を買い付けることになるので、保有銘柄の価格に上昇圧力がかかります。
つまりポートフォリオ全体が割高になってくるのです。
また、何らかのイベントにより大きな解約が出ると、今度は売りインパクトによりパフォーマンスが悪化することになります。
かつて1987年にはポートフォリオインシュランス運用のハーディングによりブラックマンデーが起こり、2007年にはバリューへのハーディングによりクオンツ危機が起こっています。
関連記事:クオンツ運用の歴史
ここまで大々的なイベントまでにはならないものの、資金が集中することにより運用しにくくなり、パフォーマンスが劣化するのはよくあることなので、この点には注意が必要です。
低ボラティリティ投資の特徴まとめ
以上、低ボラティリティ投資についての解説でした。
なお途中で低ボラティリティ投資と最小分散ポートフォリオという言葉が混在していますが、ここでは同じ意味で使っています(面倒なので修正せずにそのままにしておきます)
一番理解していただきたい点は、低ボラティリティ投資はリスクの低い運用をするだけではなく、リターンがリスクに応じて劣化しないためにシャープレシオが高くなるという点です。
つまり、リスクを嫌って保守的な運用をしていたら、思いの外リターンというおまけもついてきたというのが低ボラティリティ投資の特徴になります。
だた、既に述べた通り、今後もボラティリティパズル(低ボラティリティ銘柄の方がリスク対比のリターンで有利)が継続するかどうかは神のみぞ知るところなので、ここは好みが分かれることです。
なぜボラティリティパズルが発生するのか、という点についてもそれなりの理由はあるのですが、ここでは書ききれない内容なのでまた別の機会にでもご紹介します。