クオンツ運用の歴史。バリュー投資からスマートベータ、機械学習(AI)まで

パフォーマンスチャートクオンツ運用というのは時代とともに大きく変わってきています。

かつては簡単なスクリーニングモデルのようなものがクオンツ運用と言われたこともありましたが、今日では複雑さが増し、中身の分からないブラックボックスのようなクオンツ運用も登場しています。

一方で金融危機によりクオンツ運用の不透明さを毛嫌いし、透明性を求められる時期もありました。

ここではいわゆるクオンツ運用が過去どのような変遷を経てきたのか、そして足元ではどのようなことが起こっているのかをご紹介します

1990年代:バリュースクリーニング

シンプルなスクリーニングモデル

1990年代のクオンツ運用はいたってシンプルなものでした。

基本的にはある指標を使って銘柄にスクリーニングをかけ、その上位10%を保有するというようなものです。

ここでいう「ある指標」にはいくつか種類がありますが、当時よく使われていたのはPBRのようなわかりやすい指標でした

現在ではここまでシンプルなクオンツ運用はなかなか見かけませんが、このようなプロセス自体は未だに使われることがあります。

現在でもアクティブ運用に使われている

例えば日本株の(ジャッジメンタルな)アクティブ運用を考えます。

東証1部上場銘柄だけでも1800程度ありますので、この全銘柄をファンドマネージャーがカバーするのは現実的には難しいです。

そのため、あらかじめある程度銘柄をスクリーニングする(ふるいにかける)必要があり、このスクリーニングに上記のようなプロセスが用いられます。

つまりこの頃のクオンツ運用に使われていた手法は、形を少し変えて現在ではアクティブ運用の1部として活用されていることになります。

パソコンが得意な人という位置づけ

1990年代にはクオンツというのはまだ一般的ではなく、概ねパソコンが得意な人のような括りで考えられることが多い時代でした。

クオンツとして認識されるのではなく、パソコンが得意な人、もしくは困った時に問い合わせる人(パソコンが動かないなど)というふうに考えている人もいました。

もちろん90年代にもLTCMのような(よくも悪くも)後世にまで語り継がれるようなスーパークオンツヘッジファンドもあったのですが、これは例外中の例外でした。

少なくとも一般的な現場レベルでは、前述のようにパソコンが得意な人くらいの認識しかないのがこの時代でした。

クオンツとしては、ちょっと残念というか、存在感に薄い時期でしたね。

2000年代前半:バリュー&モメンタム&マーケットニュートラル

1990年代にはクオンツはどちらかというと日陰のような存在でしたが、2000年代に入ると徐々にそのプレゼンスが高まってきます。

きっかけの1つになったのはITバブルの崩壊です。

人間のセンチメント(もしくは勘違い)のままにIT銘柄がバブルを形成し、そして暴落を起こすという経験を踏まえ、人間の感情に依存しないクオンツ運用に注目が集まったというのがその背景です。

この頃のクオンツ運用の王道はバリュー、モメンタムといったファクターへティルトする戦略、及びマーケットニュートラル戦略です。

バリュー株戦略

既に述べたように、バリュー株戦略自体は1990年代からありましたが、2000年代になるとより洗練されたバリュー株戦略が行われるようになります。

まず、バリューに使われる指標が増え、PBRに加え、PBR、PCFR(プライスキャッシュフローレシオ)、PS(プライスセールスレシオ)などの指標も使われるようになりました。

これらは全てバリュー株の指標になりますが、そのリターンの挙動は少しづつ異なります。

そのためこれらの指標を組み合わせることで、分散効果が働き、より高いシャープレシオを実現することが可能になりました。

モメンタム株戦略

モメンタム株戦略は特にアメリカでよく使われた手法です。

簡単に言えば、過去パフォーマンスの良かった銘柄を買い、パフォーマンスの悪かった銘柄を売るという順張りの戦略です。

過去のパフォーマンスを検証すると、このモメンタム戦略は非常に優れており、クオンツ運用の中心的なエンジンとして使われました。

ただ、モメンタム戦略はいかんせん回転率が高いという問題があり、ここにどううまく対処するのかがある意味各クオンツの腕の見せ所でした。

なお、日本ではモメンタム戦略は有効ではなかったため、モメンタムを前面に出したクオンツ運用というのはほとんど見かけませんでした。

マーケットニュートラル戦略

マーケットニュートラルというのは、銘柄の売りと買いを組み合わせ、ポートフォリオ全体のβを0にすることで、マーケット全体の動きの影響を消してアルファのみを追求する戦略です。

特にクオンツ系のヘッジファンドに好まれた戦略でした。

問題は何を買って何を売るかという話ですが、そこはクオンツなので、よく効くファクターの銘柄バスケットを買い、そうでないものを売るというのが基本になります。

この頃はバリューとモメンタムの全盛期であったため、この2つのファクターをロングし、逆側をショートするという戦略が多かったように思います。

もちろんマーケットニュートラル戦略なので、全体のベータが0になるようにポートフォリオ全体を調整したり、意図しないリスクを排除するためにセクターを調整したりといった細部にわたってもこだわりのあるポートフォリオが構築されていました。

2000年代の前半というのは、このような戦略を中心にクオンツ運用の残高が大きく伸び、クオンツの全盛期ともいわれた時代でした。

2007年:クオンツ危機

リーマンショックより衝撃的な出来事

多くの人にとっては、2000年代のマーケットの印象に残る出来事と言えばリーマンショックだと思いますが、クオンツに携わる人にとっては、リーマンショックと同等、いやそれ以上に印象に残る出来事は2007年に起きたいわゆる「クオンツ危機(クオンツショック)」です。

クオンツ危機とは、2007年の8月に、それまでのリスクの数十シグマにも該当するマイナスリターンが連続して起こった出来事です。

数十シグマと言うレベルは、何十年に1度とか、何百年に1度というレベルではなく、生物誕生以来とかそのくらいの稀な(確率的には起こり得ない)事象が連続して起こったということになります。

なぜこのような異常なリターンが発生したかには諸説ありますが、おおよそのコンセンサスとしては、サブプライム危機がきっかけになったと言われています。

サブプライム危機

サブプライム危機自体は改めてここで説明する必要はないかと思いますが、すごく簡単に(雑に)言えば、住宅価格が下がってサブプライムローン証券化商品の価値が下がったことによるパニックです。

サブプライム危機からクオンツ危機へ

なぜサブプライム危機がクオンツ危機へとつながったのでしょうか

それは以下のようなプロセスを経たと考えられています。

  • サブプライム危機により、サブプライムローンで組成された証券化商品の価格が下落
  • サブプライムの証券化商品に投資していたファンドのパフォーマンスが悪化
  • パフォーマンスの悪化により資金繰りの必要性が生じ、比較的流動性の高いクオンツファンドを売却
  • クオンツファンドの売却によりロング銘柄を売却、ショート銘柄の買い付けというフローが発生し、ロング銘柄が下落、ショート銘柄が上昇する。
  • この動きにより他のクオンツファンドにも損失が広がる
  • これ以上の損失を回避し、またリスクをコントロールするため、他のクオンツファンドもポジションをカットする。
  • 更に損失が広がる

・・・

という負のループが回ったことがクオンツ危機の本質と言われています。

つまり多くのクオンツファンドで似たようなポジションをとっており、一部のファンドの解約により予期せぬマイナスのリターンが発生し更なる損失を防ごうと皆こぞってポジションを解消しようとしたため、更にマイナスが発生したということです。

よく言われるハーディング(ポジションの集中)がクオンツファンド間で起こっており、サブプライム危機を引き金にハーディングが大きなマイナスリターンを生み出してしまったわけですね。

1987年のブラックマンデーも本質は同じ

実はこの話、1987年のブラックマンデーと本質は同じです。

ブランクマンデーがなぜ起こったかにも諸説がありますが、よく言われるのは当時はやっていたポートフォリオインシュランス運用のハーディングです。

ポートフォリオインシュランス運用というのは、ポートフォリオがある一定以上の損失を出さない為に、パフォーマンスが悪くなるにつれ先物などを売り建て、損失を回避しようとする戦略です。

当時は機関投資家がこぞってポートフォリオインシュランス運用を取り入れており、相場が下落したことで、更なるポートフォリオの下落を抑えるために先物を売り、その売りが更に売りを誘ったというループですね。

この時の教訓から特定の戦略への集中(ハーディング)は危険であると認識されたわけですが、その教訓が生かされなかったのがクオンツ危機とも言えます。

まあ人間の記憶には限界があり、中には20年で人間は過去の記憶を気にしなくなるという話もあります。

まさにブラックマンデーの20年後にクオンツ危機が発生したのは人間の記憶の限界とも言えるかもしれません。

もっともクオンツ危機時にブラックマンデーを経験した人がどの程度いたのかは定かではありませんが。

2008年:リーマンショック

さて、2007年のクオンツ危機により、文字通り危機に瀕したクオンツ運用ですが、更なる悲劇に見舞われます。

皆様おなじみのリーマンショックです。

リーマンショックではほとんどすべてのリスク性資産が壊滅的にやられたため、クオンツ運用がどうなったかなど気に留める人は少なかったかもしれませんが、もちろんクオンツ運用も多大なるダメージを受けました。

非合理な価格形成に対する脆弱性

リーマンショックを別の側面からとらえると、流動性危機とも言えます。

つまり、各金融機関の資産がみるみる劣化し、どんどん経営が危なくなる中で必要なのは安全資産であるキャッシュです。

そのため、金融機関は流動性のある(売れる)リスク性の資産をバリュエーションを度外視してばんばん売ってキャッシュを確保しようとしました。

つまり合理的な価格形成とは全く異なる世界がそこにはあったのです。

合理的な価格形成を前提とするクオンツファンドにとって、この状態は壊滅的以外のなにものではありません。

当然これほどのショックを想定したファンドなどは皆無なため、モデルが全くワークせず、多くのファンドが損失を出しました。

唯一トレンドフォローは生き残った

クオンツファンドには

  • マーケットニュートラル
  • ロングショート
  • CBアービトラージ
  • トレンドフォロー
  • システマティックマクロ

などの様々な種類がありますが、どの戦略も壊滅的なダメージを受けました。

ただ、これらの中で唯一難を逃れたのがトレンドフォローです。

もちろん全てのトレンドフォロー型のファンドがうまくいったわけではありませんが、リーマンショックと共に下落トレンドに乗り、その後の反発局面で上昇トレンドに乗れたファンドはクオンツの中でも勝者となりました。

このリーマンショックでもやられなかったという実績を引っ提げ、トレンドフォロー型のファンドはリーマンショック後も一定の引き合いがありました。

リーマンショック後の冬の時代

クオンツ危機とリーマンショックを受け、クオンツの権威は失墜しました。

クオンツは過去のデータしか見ない為、このような危機に弱く、特に緊急時には人間の関与が必要だという風潮が深まりました(もちろん人間であればうまくやれるという保証はないのですが)

この時期においてはクオンツファンドを閉鎖したり、人員整理をしたりとクオンツに関わる人にとってはしんどい時期でした。

しかし、一方で水面下では少しづつ次のクオンツのテーマに向けた動きが始まっていました。

スマートベータという救世主

リーマンショックから数年が経った後、徐々に花開いて行ったのはいわゆるスマートベータと呼ばれる運用です。

別にスマートベータという新しい手法が誕生したわけではないのですが、これまでファイナンスの世界で長期的にはプレミアムをもたらすとされていたファクターへのエクスポージャーを有する運用をスマートベータと一括りに呼んでいます。

代表的なファクターは以下のようなものです。

  • 低ボラティリティ
  • 小型株
  • バリュー
  • クオリティ
  • 高配当

別にこれらのファクターは昔からファイナンスの世界では既知のものだったのですが、この時期におそらくマーケティングの観点から命名されたのがスマートベータという名前です。

そしてこのスマートベータ(という名前)の登場により、機関投資家を中心にファクターへの投資熱が高まりました。

代表的なところではGPIFのJPX400への投資(これはROE基準なので上記ではクオリティにあたります)でしょうか。

このスマートベータの波に乗り、クオンツは再び息を吹き返していくことになります。

AI、機械学習というテクノロジーの活用

スマートベータとは別に、近年クオンツに大きな風を吹き込んできたのがAIや機械学習といったテクノロジーです。

ちなみにAIは機械学習の一部なので、両方を合わせて機械学習とします。

機械学習自体は別に新しい技術ではなく、昔からある分析手法の1つです。

ただ近年脚光を浴びるようになったのは、扱えるデータが大幅に増えたこと、パソコンの性能が向上し、これまでは不可能と思われていた計算が可能になったことです。

加えて、ディープラーニングという従来のニューラルネットワークにブレークスルーをもたらす技術が登場したことも大きいです。

機械学習には多大なる期待がよせられているように感じますが、現状ではどこまで機械学習を活用できるのかは未知数です。

もちろん機械学習を活用することで多くのプロセスが自動化でき、人手やコストを削減できるというメリットはあるのですが、こと運用への応用となると話はそう簡単ではありません。

既にAIによる運用ファンドも売り出されていますが、今後のパフォーマンスはどうなのか、世の中に広く受け入れられていくのかはまだわかりません。

いずれにせよAIをはじめとした機械学習により、クオンツの世界も大きく変わっていく可能性があるため、この辺りは今後の動向を見守りたいところです。

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